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HOI 3rd Exhibition『87HEADS』 by Salon87 Brooklyn × Maru Teppei


HOI 3rd Exhibition として、NYブルックリンにある人気サロン「Salon87 Brooklyn」とNYの写真家「Maru Teppei」による87人のニューヨーカーたちを被写体としたヘアアートBook「87HEADS」出版を記念した札幌初の個展「87HEADS」by Salon87 Brooklyn x Maru Teppeiを6月19日〜6/22日に渡り開催する。2020年から始まったパンデミックの中、世界でも最も大きな影響を受けた大都市のひとつであるニューヨークで、多くの人々がニューヨークから離れていく中でも、移民である日本人美容師の彼らと、地元に必死に残るニューヨーカー87人と一緒にクリエイションし作ったヘアーアート作品集。それらの作品からは、洗練された遊び心とコミュニティのもつ魅力的な一面を感じることができるのではないだろうか。


―美容師を始めてからニューヨークまでの経緯について聞かせてください

 元々親が美容師だったということもあり、美容は身近にありました。30歳くらいまで札幌の美容室で働いていたんですが、独立するか考えていたそのタイミングで嫁のマリが、資生堂が主催しているスクールに行く機会があってそこで学んでいたんです。100人近く受けて10人くらいしか受からないような所で、世界中からヘアメイクアーティストになりたい人がやってくる日本トップの学校だったんです。 彼女がニューヨークコレクションで手伝いをする機会があって、その時に悔しい思いをしたんですよね。でも、そこからリベンジしてまたニューヨークの舞台に立ちたいというその姿にすごく影響を受けて、そういう世界にすごく引き込まれていきました。 ある日「プロフェッショナル」という番組でヘアデザイナーの加茂さん(加茂克也)の特集されていて、彼がダメ出しを受けながらも何度もトライする姿に影響を受けたました。 自分たちの撮影やクリエイションを始めた時に、きっかけを作ってくれた1人にななみさんと言うフォトグラファーの方がいて、その方が「ニューヨークで撮影するから一緒においでよ」と誘ってくれて機会を作っていただいたんです。 その時は「Taiwan Vouge」のビューティーの撮影だったんだけど、そのお手伝いをする経験によって更に影響を受けていきました。 実際にNYでそういう経験をして「自分なりにやっていけるかも」と気持ちが変化したきっかけの大きな出来事でした。


―札幌で「100人展」というイベントを立ち上げた経緯について

 その後に「100人展」(北海道ヘアデザイナー100人展)というイベントを作りました。そのイベントをなぜ作ったのかというと、その当時自分達なりにけっこう頑張ってたつもりだったんだけど、でもまだまだ上には上がいて。そういう評価されてる人たちや自分達も含め「一般の人に評価されたい」っていう思いがあって。美容師さんって美容師さんにしか評価されてなかったので、自分たち美容師が作る作品を一般の方に見てもらって、ファッションともコラボレーションしたかった。 ビューティー寄りというよりも、写真として、作品として一般の人に見てもらいたかった。 その流れで始めたのが「100人展」なんですよ。その延長上で記念すべき第1回目に僕が実行委員長として開催したにもかかわらず、コンテストではないにしろ一番いい賞をもらっちゃって。その後ニューヨークに行く時に、札幌のみんなに引継いでもらってからはNYからディレクションを8回目くらいまでしていました。


―Salon87Brooklynがあるイーストウィリアムズ地区はどんな所ですか?

 ウィリアムズバーグ地区と言うのは、アメリカでここ10年で一番地価が上がったんじゃないっかっていうくらい上がった場所で、僕が来た頃は5000万円だった家が今では1億5千万円で売ってたりする。本当にすごくて。 だけど、マンハッタンから一駅でこれるような場所で、ウィリアムズバーグ地区は当時から若いアーティストが住んでいる場所なんだ。もっと昔はドラッグディーラーがいるようなちょっと悪い感じの場所だった文化もあったみたいだけど、そこからアーティスト達が住むようになって街がいい感じになっていきました。 元々ウィリアムズバーグ地区はアーティストが多く住む街だったんだけど、ここ10年で完全にお金持ちしか住めない「リッチエリア」になって、地価も上がって人気なエリアになってしまった。 僕はその中の少しエッジというか、少し端の方にあるエリアにサロンを構えていて、そこはブシュウィックというHIP-HOPでいうベットスタイルとか、ビギーとかが居た場所で、 グリーンポイントっていう資本のある日本の企業がオープンしているクールなショップが色々ある場所なんだ。 僕がいるイーストウィリアムズバーグ地区エリアはイタリアンのネイバーフッドで、イタリアンとアメリカンというような感じ。 人種が交差するちょうど真ん中くらいにあるのがイーストウィリアムズバーグ地区で、結構いろんな文化が混ざっているけど平和でいい地区です。 そこには若いポーランド人もいるし、ウクライナ人もいるし、日本人も増えてきていてどんどん変化していっているのを感じています。


―『87HEADS』制作のきっかけを教えてください

 1人のスタイリストの「撮影がしたい」という言葉でした。その時はまだコロナ前で、サロンワークとしては働いていたけど、正直うちで働くスタイリスト達は十分仕事が忙しかったたというとそうではなくて。そういう機会(撮影)もなかったというのもありましたね。だったら自分達でプロジェクトとして立ち上げて面白い感じで撮ろうとなったんです。街を歩くおばあちゃんとか、僕らの住む街の人たちとヘアを作って、面白い感じの写真を撮って「そういうコミュニティが作れたらなといいよね」ということで始まったプロジェクトなんだけど、すぐにコロナでロックダウンしてしまいました。 きっかけはそんな感じで始まりましたね。


―パンデミック下での撮影について

 2019年12月にプロジェクトがスタート、2020年にロックダウンしてそこから何もできなくなってしまったんだ。 3ヶ月半お店はクローズせざるを得なくなってしまった。 その中で写真集を作ったというのは、やっぱり皆んながニューヨークから離れていったということもありますね。 日本人のヘアスタイリストも相当いなくなったと思う。 周りの美容師さんやヘアスタイリストさんも、自然が豊なところへバケーションへ行ったり、自然な生活をしている人はいっぱいいるね。そういう所に家を買って住んでる人はいっぱいいるよ。 リモートで仕事をしている人とかね。でも、そこで皆んなが手を止めていた時にも僕らはやり続けたんですよ。 一般の人たちとまた再開してやったんですよね。 やっぱり最初は、写真撮らせてって言うと嫌がられるというかシビアな感じで大変でしたね。目標87人ということもあり結構大変でした。 でも、それをソーシャルメディアで発信していくうちに人がすごく集まってきてくれたので、それがすごく良いコミュニティに繋がっていってくれてこれはもう本にしようということになりましたね。


―フォトグラファーのMaru Teppeiとの出会いについて

 彼との出会いは僕がNYでアシスタントをしていた時になります。当時僕が師事していたその人は、世界でも5本の指に入るトップヘアスタイリストのユージーン・ソレイマン(Eugen Soleiman)という人で、Maruさんは、カメラマンでファッションフォトグラファーのクレイグ・マクディーン(Craig McDean)という人のアシスタントをやっていた時期でした。彼はクレイグ・マクディーンのアシスタントを10年くらいやっていて、お互い下積み時代に会ったりしていたんだけど、その後はお互い独立したりして会わない期間がありましたね。しばらくして彼が久しぶりに髪を切りにきてくれたのが再開のきっかけでした。 その時は、ユージーン・ソレイマン、クレイグ・マクディーン、スタイリストのカール・テンプラーとよく作品を撮っていて 「インタビューマガジン」や「イタリアンVouge」などの素晴らしいエディトリアルを作っていた人たちだったので、それがすごくいい刺激になりました。同じ現場で世界最高峰の仕事を見ていたアシスタントだったこともあり、お互い信用できる感じになっていったというか、関係性ができていったのかもしれないですね。それで作品を作ろうとなった時に向こうも信用してくれたんだと思います。 簡単にいうと髪を切りにきてくれたからですね。


―作品制作はどのように行われましたか?

 作品自体は「SALON 87」の5人のスタイリストで作ったんですけど、その中でテーマを作ったりして、例えば「暴走族」とか暴走族風にヘアアレンジをしたりだとか、 テーマによってそれぞれコンセプトがあるヘアを作ってもらいました。 一般の人(モデル)たちとやることでスタッフ皆んなも楽しんでくれて、それはすごく良いことで面白い経験でしたね。 普段モデルさんと一緒に仕事する時なんかは、ピリピリする現場も結構あったりするんですけど、この時は皆んなすごく楽しそうにやっていたからそれぞれに思い入れがあります。 あとは、モデルさんを集めるのがとても大変でした。ストリートキャスティングで87人モデルを探すっていうのがすごく大変で撮影に一年半かかりました。


―作品制作する上で考え方や哲学などありますか?

 最後まで諦めずに手を動かすことかな。カメラマンがシャッターを押す瞬間まで手を動かすこと。それしかないです。


―この3年間でニューヨークの美容の変化はありましたか?

ヘアスタイリストという考えで言うと、撮影の仕事とかは少なくなってきていてファッション業界というものが縮小してきてるのかなと感じています。 やっぱり今はマガジン(雑誌)が読まれる時代じゃなくなってきてるからだと思うので、自分達の目指した物が崩れ去ってると正直感じてますね。 最近は動画の仕事がすごく多いんだけど、3Dを使ったり、人だけ撮って背景は完全にいじっちゃう感じの仕事が多かったりしますね。写真っていうリアルなモノは薄れてきてるんじゃないかなと思います。今回の印刷を見ると改めて「印刷って綺麗だな」と改めて思ったし。 カメラマンのMARUさんも素晴らしい写真を撮ってくれたと今回すごく感じていて。 印刷されたプリントもすごくクオリティ高いのでぜひ実際に手にとって見てください。


―どのような見方をすると面白いなどありますか?

 パンデミックの中で今回撮影した人たちは、どこかに行く訳でもなくNYに残った人たちなんですよね。 彼らも仕事がなかったりする中で、今回のプロジェクトにはすごく真剣に取り組んでくれました。 興味を持ってくれた人がすごく多かった。 美容を通して自分達(見る人たち)が「変われるんだ」とか新たな一面や、何か面白みを感じてくれたらそれで良いかなと思います。NYでも僕らみたい面白くやりたいことをやって楽しんでいる人たちもいるし、「別にモデルじゃなくたって楽しめるんだ!」って感じで、札幌の美容室でももっとチャレンジする人が増えても良いのかなって思います。


―作品を通して伝えたいことはありますか?

 美容師さんにも伝えたいですね。パンデミックの中でも挑戦している人たち、僕たちって結構大変だったりしたんですね。 自分の国にいた訳じゃないから。 だから、そういう中でもクリエイティブを続けたことによって、彼ら(スタッフ)がどうなってるかというと今では皆んなすごく忙しくて、一件も撮影がない時期もあったけど、今はサロンの売上を超えるくらい皆んな忙しくなっています。どんどん色んな大きなブランドとショーをやったりして、あの頃は大変だったけど今は一流のデザイナーたちと働いて成功してる人たちもいます。やっぱりクリエイションするっていうことを、身近な人たちでクリエイションを作ることで面白い発信ができるっていうことを分かって欲しいなって思いますね。そういう見せ方で自分達の街の人々を変えていったり、海外に挑戦する人が増えていってくれたらなと思います。

ARTIST PROFILE

HIRO

北海道出身のヘアアーティスト

札幌でキャリアをスタートし、2009年にNYに拠点を移し活動を開始。

世界的なヘアアーティストEugen Souleiman(ユージーン・ソレイマン)の元で修行し、世界各国にて実績を積む。

各国のVouge表紙、Vouge Us、Harper’s Bazaar、Gucci、Ferragamo、Alexander Wang、Nike、Google、Amazon、Yoko Ono、Halley Bieber、CL、Dua Lipaなど、業界の著名人や企業とのコラボレーションし、国際的なキャリアを築いています。

現在、NYを拠点として、Salon87 Brooklyn、87Artists Agencyを創設し、クリエイティブディレクターとしても活躍しています。


HOI 3rd Exhibition『87HEADS』

by Salon87 Brooklyn x Maru Teppei

Instagram → @hiroyawatase


会期:6月19日(月)〜 6月22日(木)

【オープニングレセプションパーティー】2023年6月19日 PM18:00 - PM21:00

【アーティストトーク】6月19日 PM 20:00〜

会場:HOI / 1F Gallery Space & Event Space

場所:北海道札幌市中央区南2条西27丁目2-20

アクセス:【円山公園駅】改札出口1~4・6方面へ。6番出口「maruyama class」から、地上階へ向かい、STARBUCKS COFFEE側出口を出て、右手に直進。教会が見えたら一つ目の信号を左折。六花亭側へ渡り、左手に見えるガソリンスタンドを目印に更に直進。道なりに進むと見えてくる、白い2階建ての建物がHOIです。

時間:AM11:00〜18:00 /最終入場 17:30

定休日:毎週月曜、木曜

入場料:無料(ご予約は不要です)


Edit & Text takashi_ishigro

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